研究内容

研究室概要

私たちの研究室では、原子間力顕微鏡(AFM)と呼ばれる原子スケール計測技術の開発と、それを用いた様々な学術・産業分野での研究に取り組んでいます。AFMは、鋭く尖った探針で物質表面を精密になぞることで、表面形状を原子分解能で観察できる技術です(右図)。AFMには、いくつかの動作モードがありますが、周波数変調AFM(FM-AFM)と呼ばれるモードは、最も高い分解能を持っています。福間教授は、世界で初めて液中FM-AFMによる原子分解能観察を実現させた実績を持っています。本研究室ではその技術基盤を活かして世界最先端の液中AFM計測技術の開発と応用に取り組んでいます。

FM-AFMによる液中原子分解能観察を世界で初めて実現[1]

装置開発

【特徴:自作AFMを一から設計・開発】

AFM技術の開発に取り組んでいる研究グループは世界中に数多くありますが、その殆どは市販のAFMをベースとしてその改造に取り組んでいます。一方、私たちの研究室では、自作のAFMを一から独自に設計・開発しているため、既製品の改造では実現できない新規計測技術の開発や基本性能の飛躍的な向上に取り組むことができます。また、開発した技術の特許出願や、国内外のAFMメーカへの技術移転にも積極的に取り組んでいます。

固液界面の3次元水和構造を世界で初めてサブナノスケールで可視化[2]

【新規計測手法の開発】

液中AFM技術を基盤として、新たな計測手法を開発しています。例えば、表面近傍の3次元相互作用分布を計測できる技術を開発し、世界で初めて水和層や吸着水の3次元分布を直接観察することに成功しました。

水和現象は、我々の身の回りにある材料の表面で一般的に生じている現象であり、材料やデバイスの機能発現に深く関与しています。これまで、水和現象を直接分子スケールで観察する手段はありませんでしたが、この新しい技術の開発によりそれがはじめて可能となりました。したがって、この技術は様々な学術・産業分野での研究開発へと役立つことが期待されています。

【基本性能の飛躍的向上】

液中AFMの感度や速度などの基本性能を飛躍的に向上させる新技術の開発に取り組んでいます。例えば、AFMで探針-試料間の相互作用力を検出するために用いるセンサを小型化することで、大幅に力感度を向上させました。

この基本性能の改善は、大きな波及効果を持っています。まず、感度が向上したことでAFM計測の再現性や信頼性が向上します。また、従来よりも高精度に3次元水和構造を観察し、理論シミュレーションの結果と詳細に比較することが可能となります。これは、測定結果の定量的な解釈に大きな進展をもたらします。さらに、感度が向上したことで、原子分解能観察を従来よりも高速に行うことができます。私たちは、従来約1分かかっていた観察時間を約1秒まで高速させることを目指して装置開発に取り組んでいます。

水中のマイカ表面で取得した力-距離曲線.カンチレバーの小型化により力感度を大幅に改善[3]

応用研究

【特徴:最先端のAFM技術を幅広い分野の研究に応用】

AFMのような計測分析技術は、私たちが生活の中で直接利用するものではありませんが、私たちの生活に関係する多様な製品の研究開発に幅広く利用されています。実際、大学の分析センターや企業の研究開発部門には、多くの場合AFMが設置されています。したがって、AFMの応用技術を進展させることは幅広い学術・産業分野の発展につながります。このようにAFMは幅広い分野で活用されています。そのなかで、私たちの研究室で行う応用研究の最大の特徴は、開発されたばかりの世界最先端AFM技術を駆使して、これまで誰も実現したことのない計測の実現に挑む点です。これは私たちの研究室で開発から応用まで一貫して行っているからこそできることです。また、これまで原子レベルのAFM計測技術は、表面物理や表面化学の分野において比較的シンプルな試料や現象を対象とした基礎学術研究に専ら用いられてきました。それに対して私たちの研究室では、物理化学分野の研究だけでなく、生物物理分野における細胞、タンパク質の観察や、産業分野における半導体配線、プラント材料の評価などにも挑戦しています。このように、原子レベルの計測技術を用いて基礎学術研究から産業技術開発までの幅広い課題に挑戦している点は、世界でも類を見ない特長です。これらの応用研究を通して、いち早く計測ニーズを知ることができるため、それを次世代の技術・装置開発へと活かし、世界をリードする研究開発が行えます。

【生体分子計測への応用研究】

原子レベルの計測技術としては、AFMのほかに透過型電子顕微鏡(TEM)や走査型トンネル顕微鏡(STM)などが挙げられます。しかし、液中で絶縁体を原子分解能観察できる技術はAFMのみです。この特長は、導電性の乏しい生体分子を液中で分析する必要のある生物学分野での研究に極めて有効です。そこで私たちは、液中高分解能AFMの生物分野への応用技術開発に取り組んでいます。

脂質膜/水界面の次元計測により水和層と脂質頭部の次元分布を可視化[4]

生物分野への応用では、脂質膜、タンパク質集合体、細胞などの異なるレベルの生体分子システムを対象とした計測に取り組んでいます。例えば、脂質膜と水の界面において3次元相互作用分布を計測し、得られた像が脂質膜表面の水和層だけでなく、脂質膜表面を構成する脂質分子頭部の3次元揺動構造を反映していることを明らかにしました。脂質膜は、細胞膜のモデルとして広く研究されてきましたが、その表面における水和構造や揺動構造を分子レベルで可視化することは、この技術で初めて可能となりました。この結果は、3次元計測によって水和構造だけでなく、表面揺動構造をも可視化できることを示したはじめての研究成果です。
 また、チュブリンと呼ばれるタンパク質の集合体を液中で観察し、その表面に存在するαへリックスやC末端を直接サブナノスケールで観察することに世界で初めて成功しました。従来のAFM技術では、一つ一つのチュブリン分子を観察することはできても、分子内の微細な構造を観察することはできませんでした。私たちは、独自に開発した高分解能AFMを駆使することでそれを実現しました。

チュブリン分子表面のαへリックスとC末端をサブナノスケールで可視化[5]

生体内において、タンパク質集合体の表面は、生理溶液中の分子との相互作用が生じる重要な場となっており、その相互作用が様々な生体機能の発現に大きな影響を与えています。したがって、液中AFMを使ってタンパク質表面の微細構造を詳細に知ることができれば、分子間相互作用が生体機能に与える影響に関する理解が進むものと期待されます。


【その他の分野への応用研究】

私たちの研究室では、研究室の発足当初から生物物理分野への応用研究に重点的に取り組んできました。その一方で、2010年ごろから少しずつ物理化学分野や産業技術分野への応用にも取り組み始め、現在では応用研究テーマの半数以上を占めるようになっています。 物理化学分野への応用では、カルサイト(CaCO3)やフルオライト(CaF2)などの鉱物結晶の表面における、水和、結晶成長、溶解などの機構を原子レベルで理解するための研究に取り組んでいます。また、高分子材料などの比較的揺動の大きな分子構造から成る表面と水との界面において、分子揺動が表面の親水性や分子吸着特性に与える影響について、分子レベルで理解するための研究にも取り組んでいます。
 産業技術分野への応用研究は、主に民間企業と共同で実施しているため、その内容を詳細に紹介することはできませんが、日立製作所、荏原製作所、メニコンなどの様々な分野の企業における研究開発へと役立てるための応用研究に取り組んでいます。

参考文献

[1] T. Fukuma, K. Kobayashi, K. Matsushige and H. Yamada, “True Atomic Resolution in Liquid by Frequency-Modulation Atomic Force Microscopy” Appl. Phys. Lett. 87 (2005) 034101 (3 pages).

[2] T. Fukuma, Y. Ueda, S. Yoshioka, H. Asakawa, “Atomic-Scale Distribution of Water Molecules at the Mica-Water Interface Visualized by Three-Dimensional Scanning Force Microscopy” Phys. Rev. Lett. 104 (2010) 016101 (4 pages).

[3] T. Fukuma, K. Onishi, N. Kobayashi, A. Matsuki, H. Asakawa, “Atomic-resolution imaging in liquid by frequency modulation atomic force microscopy using small cantilevers with megahertz-order resonance frequencies” Nanotechnology 23 (2012) 135706 (12 pages).

[4] H. Asakawa, S. Yoshioka, K. Nishimura, T. Fukuma “Spatial Distribution of Lipid Headgroups and Water Molecules at membrane/Water Interfaces Visualized by Three-Dimensional Scanning Force Microscopy” ACS NANO 6 (2012) 9013–9020.

[5] H. Asakawa, K. Ikegami, M. Setou, N. Watanabe, M. Tsukada, T. Fukuma,“Submolecular-Scale Imaging of α-Helices and C-Terminal Domains of Tubulins by Frequency Modulation Atomic Force Microscopy in Liquid” Biophys. J. 101 (2011) 1270-1276.